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〈ビュリー〉とともに紐解く 素晴らしきヘアアクセサリーの世界

『ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像』ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1845年)のクローズアップ。伯爵夫人の赤い櫛が鏡に映り込んでいる。

 

木片または動物の骨を彫ったものから、細かい三つ編みにバレッタ、生花、ヘアピンやシニヨン用のかんざし、さらにはべっ甲に加えて、金、銀、プラチナといった貴金属から作られ、持ち主の名前が刻まれた、凝りに凝ったものまで……

人類は太古の時代からさまざまなヘアアクセサリーを使って髪を美しく彩ってきました。

古代ギリシャ・ローマ時代から現代のハリウッドまで、こうしたアクセサリーは時と場所にかかわらず、単なる髪飾りを超えた文化的および社会的、ひいては政治的なシンボルとして、さらにはステイトメント的なアクセサリー、晴れ
の日の装いの一部、芸術品としての地位を獲得していきました。
 
「ある日、お梅さんは美しかった娘時代の思い出の品を私たちに見せてくれた。それは驚くほど透明な、淡い黄色のべっ甲の櫛であった」。フランスの作家ピエール・ロティは、1887年に発表された小説『お菊さん』のなかでこのように綴りました。
 
さまざまなヘアスタイルを作ったり、髪を美しく整えたり、ふんわりとしたボリューム感を出すために使われる櫛は、ここでは単なる珍しいオブジェ以上の存在として描かれています。
 
持っているとなぜかほっとする、信頼できる日常の道具ともいうべき櫛は、死後の世界においても寄り添ってくれる存在として、墓地や古代のネクロポリス(墓地群)から発掘されています。

 

〈ビュリー〉の櫛のコレクションに、シニヨン用のかんざし〈The Vailant/ザ・ヴァリアント〉、楕円のフォルムが特徴のバレッタ〈The Courteous/ザ・クルテウス〉、すっきりとした細身のシルエットが魅力のバレッタ〈The Ingenue/ザ・アンジェニュー〉、そして大胆なヘアスタイルをかなえてくれるシニヨン用コーム〈The Intrepid/ザ・イントレピッド〉という、4つの美しい新作が加わりました。濃緑とアイボリーの2色展開で、持ち主の名前やイニシャルを刻印することもできます。

これらの新作に加えて、〈ビュリー〉の櫛のクラシックコレクションでお馴染みのアフロヘア用コーム〈The Beloved /ザ・ビーラヴィド〉をピックアップ。
 
今回のニュースレターでは、5つの櫛にちなんで、ヘアアクセサリーに関する5つのエピソードをご紹介。理想のヘアアクセサリーを求めて、時空を超えた冒険へとみなさまをお連れします。


「シニヨンに櫛を挿した女がコルセットを腰まで下げ
踊りながら駆けてくる
黒と白のリボンのなかで
姿を現しては、くらましながら」
テオフィル・ゴーチエ『七宝とカメオ』(1852年)


(左)ローマ帝国治下のエジプトのファイユームで発掘された女性の肖像画(150年頃)大英博物館所蔵(右)イタリアのウェイイで発掘された、白鳥をモチーフにした青銅の櫛(紀元前400年頃)ローマのヴィラ・ジュリア国立博物館所蔵

むかしむかし、あるところに美しい髪飾りがありました……

上の写真をご覧ください。女性がこちらをまっすぐ見つめていませんか。その眼差しは時空を超えて、驚くほどのリアルさで私たちをハッとさせます。

女性のシニヨンには、まばゆいゴールドのヘアピンが挿してあります。2000年近く前に描かれたこの肖像画は、私たちが生きている現代社会を映し出す鏡のようでもあります。

木板に女性の肖像をリアルに描いたこの作品は「ファイユームの肖像画」と呼ばれるもののひとつで、エジプトがローマ帝国の支配下にあった1〜2世紀にかけて、ミイラの頭部を飾るために使われていました。

「ファイユームの肖像画」は、さまざまな文明が行き交う当時のエジプトの女性たちの服装やヘアスタイル(三つ編みやシニヨンなど)、さらにはゴールドのティアラやヘアピン、バンダナ、リボンといったヘアアクセサリーがどのようなものであったかを現代に伝えています。

櫛やヘアピンは、エジプトのアビドスやナカダのネクロポリスからも出土しています。それらはこの地に文明が勃興する前の時代(紀元前5500〜3150年頃)のもので、その多くが鳥やガゼルといった動物のモチーフに飾られています。

こうした櫛は、当時の人々のカーリーヘアを美しく“織り上げる”ために作られたのでしょう。

それからさらに時代はくだり、ギリシャ、エトルリア、ローマの時代になると、象牙や骨、べっ甲、青銅から作られた櫛が、三つ編みやシニヨンを留めるために使われるようになりました。

The Courteous/ザ・クルテウス

楕円のフォルムが特徴のクラシカルなバレッタ〈The Courteous/ザ・クルテウス〉は、髪をひとつにまとめたい時も、よりエキセントリックなヘアスタイルのアクセントとしてもおすすめです。

詳しくはこちら

フォトグラファーのピーテル・ヒューゴの連作「Flat Noodle Soup Talk」(2015〜2016年)のクロエ・ヤーマン

宝石に彩られた中国のヘアアクセサリー

ヘアピン、被り物、櫛、かんざしをはじめとするヘアアクセサリーは、何千年も昔から中国文化において重要な意味を担ってきました。それを裏付けるように、中国ではヘアピンやかんざしによって作られるヘアスタイルには、固有の名前と意味があります。

儒教の始祖である孔子によると、精神が宿る頭部は、天にもっとも近い体の部位です。頭部を守る髪は、生命の維持に欠かせない“息吹”と密接に関わるものであり、先祖から受け継がれた大切なもの。そんな髪を切ることは、その人を侮辱することでもありました。

髪を労ったり結ったりするために、男性も女性も、ヘアピンはもとより、金や翡翠から作られた櫛など、無数のヘアアクセサリーを所有していました。そのため、中国の宝石職人たちは、黒檀のように艶やかな中国の人々の髪と美しいコントラストをなすようなヘアアクセサリーづくりに力を注ぎました。

見事な金銀細工や貴石があしらわれたヘアアクセサリーは、ステータスと権力の証しでもありました。なかでも中国語で「簪(ざん)」と表現されるかんざしは、さまざまなシンボルに彩られた、世界最古のヘアアクセサリーのひとつです。

もっとも人気のあるシンボルは不死鳥でした。長寿と優美さ、幸運、フェミニニティを想起させる不死鳥のモチーフは、数多くのヘアアクセサリーに取り入れられてきました。

その一方で、「釵(ちゃい)」と呼ばれる二又のかんざしは、愛を表します。愛情の証しとして、恋人たちが贈り合い、別れの時が来ると、いつかまた会えることを願って、かんざしを2本に割りました。これらの多くは、龍やコウモリ、さらには美しい自然を連想させる鳥、花、昆虫のモチーフで飾られました。

中国のヘアアクセサリーといえば、鳥の羽を使った見事な装飾も有名です。光によって七色に反射する鮮やかなブルーが特徴のカワセミの羽を貼り合わせて作る「点翠(てんすい)」や、金や銀を細かく仕切りながら眩い輝きを生み出す技法などが使われました。

王朝時代には、空を飛ぶカワセミのつがいをモチーフにしたジュエリーやヘアピン、櫛などがウェディングギフトとして贈られていました。

「髪を切る女性は、人生を変えようとしている」


ココ・シャネル

THE VALIANT / ザ・ヴァリアント

エレガンスを備えたシャープなフォルムの〈THE VALIANT / ザ・ヴァリアント〉は端正にすっきりと仕上げたアップスタイルに欠かせないヘアアクセサリーです。

詳しくはこちら

(左)黒の櫛(1820年頃)ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館所蔵(中)『背後から見た女性』撮影:オネシペ・アグアド・デ・ラス・マリスマス子爵(1862年頃)メトロポリタン美術館所蔵(右)ルネ・ラリックによる櫛のデッサン(1910年頃)ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵

ヴィクトリア時代の人々の偏愛
ヘアアクセサリーとアール・ヌーヴォーの狂乱

ヴィクトリア時代のイギリスでは、宝石があしらわれたヘアアクセサリー、付け毛、ウィッグ、巻き毛、フェイクブレイド、リボン、ヘアピース、ヘアピン、ティアラ、デコラティブな櫛など、さまざまなヘアアクセサリーを使って髪を緻密に結い上げた、贅を凝らしたヘアスタイルが誕生しました。

1870年には「ペイネタ」という、べっ甲で装飾を施した華やかなスペインの櫛がイギリスをはじめ、ヨーロッパ中で人気を博しました。ペイネタは、お祭りなどのハレの日にボリューミーなヘアスタイルを作るため、さらにはスペインの女性貴族が身につけていた「マンティーリャ」という黒いレースのスカーフを固定するために作られたものです。

その一方で、この時代は貧富の差が広がった時代でもあります。貧しい女性たちが生活のために自分の髪をかつら職人に売ったのに対し、裕福な人々はウィッグやヘアピースを使って思い思いのヘアスタイルを楽しみました。こうして髪は、王冠にも等しいものになったのです。

「シシー」の愛称で知られるオーストリア皇妃エリザベート(1837-1898年)は、長さ1メートル70センチもある長い髪(重さはなんと3キロ)を、それはそれは大切にしていました。

当時オーストリアで流行していたヘアケア方法を取り入れて、卵黄とコニャックを混ぜた自家製トリートメントで美しい髪を保っていたそうです。

そんなエリザベートのお気に入りは、ダイヤモンドがあしらわれた27個の星形の髪飾りを使った三つ編みスタイルでした。この髪飾りは、ハプスブルク家御用達の宝石商だったアレクサンダー・エマニュエル・ケッヒャートが1862年に完成させたものです。

このヘアスタイルをはじめ、エリザベートはいくつかの肖像画には髪をハーフアップにしたスタイルで収まっていますが、当時の厳格な社会規範では、成人した女性が髪をおろすことは暗黙のうちに禁止されていました。

イギリスでは、1861年にヴィクトリア女王の夫であるアルバート公が他界しました。それから女王は1901年の崩御まで、黒いヴェールをかけ続けました。そんな女王の姿はゴシックファッションの流行を生み、“喪服スタイル”として一世を風靡。

宝石商たちは「死者を偲ぶ」という名目のもと、想像力を競い合っては、故人の髪の毛を“刺繍モチーフ”として取り入れたメダルやブレスレット、リング、ブローチ、さらにはジェット(黒玉)を使った大きな黒い櫛など、ユニークな作品を作りました。

(左)ルネ・ラリックによる、角とダイヤモンドがあしらわれた櫛〈愛し合うツバメたち〉(1906-1908年頃)(中)1951年にイタリア・ヴェネツィアで開かれたシャルル・ド・ベイステギの舞踏会に参加したパトリシア・ロペス=ウィルショー。珊瑚と花があしらわれたシニヨン用のかんざしを挿している。撮影:セシル・ビートン(右)ルイス・カムフォート・ティファニーによる、タンポポの綿毛にとまった2匹のトンボを銀、プラチナ、オパール、ルビーで再現した櫛(1904年頃)メトロポリタン美術館所蔵

20世紀になると、ルシアン・ゴートレーやルシアン・ガイヤール、アンリ・デュブレ、さらにはポール・フォローといったアール・ヌーヴォーを代表する著名なジュエリーデザイナーたちが、その天才的な手腕を櫛のデザインに注ぐようになりました。彼らは角や細かい彫刻、エナメル、象牙、真珠、オパール、ダイヤモンドといった貴重な素材で櫛を飾りました。

そんな彼らにインスピレーションを与えたのは、アール・ヌーヴォーの特徴ともいうべき渦巻装飾と、スズラン、キンレンカ、キク、オンベル、カトレヤ、アザミ、ブドウの翼果といった花や植物の美しい曲線でした。なかでも特筆すべきは、1900年のパリ万国博覧会で披露された、メゾン・ヴェヴェールによる櫛 “シクラメン”です。それは極薄の象牙とオパールでシクラメンの葉を、透明感あふれるエナメルで花を表現した、この世のものとは思えないほど見事な作品でした。

デザイン面でさらに驚くべき作品は、ルネ・ラリックによる櫛 “ハシバミ”(1900年頃)です。なんとラリックは、角を彫って葉脈を表現した薄い金布の花冠に、本物のハシバミを2つセットしたのでした。

植物のほかにジュエリーデザイナーたちにインスピレーションを与えたのは、セミやミツバチ、キリギリス、蝶といった昆虫でした。ジュエリーデザイナーたちは貴金属を使って、まるでいますぐ飛び立ちそうなほどリアルな昆虫たちを作り上げました。なかでももっとも見事なのは、ルイス・カムフォート・ティファニーによる、タンポポの綿毛にとまった2匹のトンボを再現した櫛です。

アール・ヌーヴォーが生んだもっとも偉大な芸術家のひとりであるルイス・カムフォード・ティファニーは、ジュエリーブランドTiffany & Co.の創業者である父のチャールズ・ルイス・ティファニーが1902年に世を去ると、ブランドのジュエリーデザインを一手に引き受けたのでした。

タンポポの綿毛にはダイヤモンドを、トンボにはブラックオパールを使用したこの櫛は、1904年のセントルイス万国博覧会で見事メダルを獲得。櫛をよく見ると、綿毛は風によってその半分が飛ばされ、トンボがいまにも飛び立とうとしています。ティファニーはこの一瞬の美しさを捉え、永遠に留めたのでした。

「君の評価は、直近のヘアカットでしかなされない」

フラン・レボウィッツ

The Intrepid/ザ・イントレピッド

どんなシニヨンも三つ編みも、頑固な癖毛もすっきりまとめてくれるシニヨン用のコーム〈The Intrepid/ザ・イントレピッド〉。先端が丸くなった丈夫な歯が、なめらかなストレートヘアもくるくるのカーリーヘアもやさしくキャッチします。

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(左)イタリアの女優ヴィルナ・リージ(1965年頃)(中)マーク・ロブソン監督のドラマ『哀愁の花びら』(1967年)でショーガールを演じたシャロン・テート(右)スペイン風の櫛を挿した女優のマレーネ・ディートリッヒ。ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の映画『西班牙協奏曲』(1934年)より

ハリウッドを彩ったゴージャスなヘアスタイル

1940年代以降、ハリウッドの大手映画スタジオは、まるでおとぎ話から抜け出したかのようなゴージャスな衣装とヘアスタイルを考案しました。そうした華やかなスタイルは、現実主義が復興する1970年代まで続きました。

「MGMスタジオの若い女優たちは、とても華やかだった。みんな、メイクアップアーティストやヘアスタイリストを引き連れていたわ」という女優ローレン・バコールの言葉からは、当時のハリウッドの煌びやかさが伺えます。

すでに1930年代末には、新人女優をヘア&メイク専門のスタジオに直行させることが慣習化していたようです。そこでは、過激ともいえるような“イメチェン”が行われたこともしばしば。

なかでも、リタ・ヘイワースのエピソードは有名です。スペイン系のヘイワースは地毛の黒髪を赤く染め、額を広く見せるために生え際を脱毛しなければなりませんでした。

女優たちのなかには、顔の輪郭を整えるという名目で美容整形を受けた人もいたようです。それによって、ハリウッドでは美の定義の画一化が進みました。

その一方で、撮影日は早朝からスタジオに入り、女優たちの顔から日々の苦悩の痕跡を消して美しくしてくれるヘアスタイリストたち——それももっとも才能に恵まれた人たち——は、ハリウッドスターにとってなくてはならない存在でした。

そのひとりが、伝説的なヘアスタイリストのシドニー・ギラロフです。ギラロフはMGMスタジオのヘアスタイリストとして、マリリン・モンロー(ギラロフは、モンローの葬儀で彼女の棺を担いだ人物のひとり)やヴィヴィアン・リー(リーに依頼されて『風と共に去りぬ』の撮影現場に急行したというエピソードがあるほど)、グレタ・ガルボ、エヴァ・ガードナー、ヘディ・ラマー、マレーネ・ディートリッヒといった人気女優たちのヘアスタイリングを担当しました。

大西洋の向こうのフランスでは、ルイ・アレクサンドル・レモン(ヘアアクセサリーブランド〈アレクサンドル ドゥ パリ〉の創業者)が人気女優たちのヘアスタイリングを手がけていました。レモンは、自身のトレードマークでもある、宝石や花をあしらった芸術的なシニヨンでロミー・シュナイダー、モナコのグレース妃、オードリー・ヘップバーン、ローレン・バコール、ライザ・ミネリの髪を美しく飾りました。

1961年に開催されたベルサイユ宮殿公式の晩餐会では、ジャクリーン・ケネディのシニヨンにダイヤモンドを散りばめるというアイデアをひらめきました。

同じ年には、超大作『クレオパトラ』でタイトルロールを務めたエリザベス・テイラーのヘアスタイリングを担当し、伝説的なヘアスタイルを生み出しました。

その6年後には、テネシー・ウィリアムズの戯曲を映画化したジョセフ・ロージー監督の『夕なぎ』(1968年)に出演するテイラーのために、白い蘭と百合、そして真珠をあしらった幻想的なヘッドピースを考案しました。

テイラーは、1967年9月にヴェネツィアで開催された仮面舞踏会にこのヘッドピースと、大きなエメラルドとダイヤモンドがあしらわれたネックレスを身につけて登場。世間を騒がせたのでした。永遠に語り継がれる伝説的なヘアスタイルの合言葉は、「多いほど豊かである(more is more)」なのかもしれません。

「ジュエリーは、肌よりも髪にまとうのが好き。
顔を明るく見せるには、ジュエリーの輝きがぴったりだから」


ヘディ・ラマー

The Ingenue/ザ・アンジェニュー

すっきりとしたミニマルなフォルムとは裏腹に、最大限の魅力を発揮してくれるバレッタ〈The Ingenue/ザ・アンジェニュー〉。シンプルでありながらも優美なデザインが特徴です。サイドにつけて1950年代風のヘアスタイルを楽しんだり、数学的なコンストラクションを演出するために三つ編みのトップにつけたりなど、さまざまなヘアアレンジをかなえます。

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(左)「Hairstyles」(1968-1985年)撮影: J.D. オカイ・オジェイケレ、カルティエ財団美術館所蔵(右)「Dakota」NY出身のフォトグラファー、オイエ・ディラン撮影

アフロヘア用コームの歴史

アフロヘア用の櫛の存在は、何千年も前からガーナやコートジボワール、ブルキナファソ、ギニア、エチオピア、ソマリア、ケニヤ、ナイジェリア、タンザニア、チャドといったアフリカの国々で確認されています。

その特徴は、間隔が広めの歯にあります。それによって、まるで手櫛のように、カールした髪や縮れた髪の絡まりをほどいたり、とかしたりすることができます。

なかには、彫刻が施されたハンドル付きのものもあります。こうした櫛には、さまざまなシンボルやメッセージが込められており、その人のアイデンティティを表現したり、儀式の際に使用されたりします。

1960年代末には、ナイジェリア出身のジャーナリスト兼フォトグラファーのJ.D. オカイ・オジェイケレがアフリカの人々の洗練されたヘアスタイル(その数は2000以上と言われています)に着目し、何百種類ものヘアスタイルをカメラに収めました。

同じ頃にアメリカでは、アフロヘア用コームが公民権運動において重要な役割を果たしました。1972年にアーティストのアンソニー・R・ロマーニがデザインした、突き上げられた拳をモチーフにした黒い櫛が「ブラックパワー」の象徴となったのです。

1960〜1970年代にかけてアフロヘアがリバイバルを果たすと、アフロヘア用コームは抑圧への抵抗のシンボルとなりました。そんなアフロヘア用コームは、ひとつのムーブメント、コミュニティ、歴史の証人なのです。

豊富な櫛のコレクションを誇る〈ビュリー〉では、当然のごとく、アフロヘア用コームもご用意しています。

そのひとつが〈The Beloved /ザ・ビーラヴィド〉

水性香水〈オー・トリプル〉のボトルを想起させる、七角形のハンドルが目印です。カーリーヘアやアフロヘアを際立たせるアクセントとして、その日の気分に合わせて使うことができます。

「人生なんてあっという間。
ビッグな夢を見て、
それよりもっとビッグなヘアスタイルを楽しまないと」


ドリー・パートン

THE BELOVED / ザ・ビーラヴィド

ヘアスタイリングの理想的なパートナーである〈ザ・ビーラヴィド〉は、カールヘアやくせ毛を数回のストロークで整え、美しく仕上げてくれるラウンドフォルムのアセテート製コームです。

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