映画『メリー・ポピンズ』(1964年)の
ジュリー・アンドリュース
本質的には見せびらかすものだけど、ミステリアスなところもある。それでいて、放浪者の魂をもつカバン。
それは「付随的なもの」という性質から離れれば離れるほど、よりアクセサリーらしく見えてくるのではないでしょうか。
カバンの沈黙の背後に潜むのは、無数のミステリ。モノを超越した「メタ・オブジェ」としてのその特異な存在意義--あるいは複数のモノをひとつにまとめて運ぶ秘訣--は、いくつもの時代と風習を超えて進化してきました。
その結果、カバンは物理的にも精神的にも、正真正銘の「自分の延長」となったのです。
バラエティに富んだ形といい、多種多様な色調や素材といい、さらには華やかな装飾や多彩な持ち運び方といい……それらはすべて、レザーやキャンバス、カナージュ(籐編み)の“羽”をまとった鳥たちのさえずりとして暗示される、親密なひらめきにほかなりません。
その“さえずり”と羽の“彩り”が一致したとき、カバンは鳥たちの森に君臨する不死鳥となるのです。
「移動の究極のアレゴリー」ともいうべきカバンは、その波乱に満ちた一生を通して、ファッション界に名を連ねるほかのどんなアクセサリーよりも多くの冒険を経験します。
無造作に肩に掛けられたり、電車のビロードの座席の上に放置されたり、あるいは窮屈きわまりない飛行機の貨物室に押し込まれたり……カバンは街から街へと渡り歩いても、決して人の手から手へと渡ることはありません。なぜならカバンは、きわめてパーソナルなものだからです。
口をきかない忠実な召使いであるカバンは、文句ひとつ言わず持ち主について回り、日常生活に必要なものをすべて提供してくれます(もちろん、あまり必要ではないものも)。
鍵束や財布、ポケットミラー、パスポート、ハッカ飴、メモ帳、メトロの切符、フレグランスマッチ、持ち主の名前が刻印された櫛など……果てしなく続く持ち物のリストは、カバンの持ち主の個性や性格によってさまざまです。
そんなカバンの真の魅力は、その懐の深さにあるといっても過言ではありません。
中に何が入っているかは、思い切って手を入れてみないとわからない。だからこそ、私たちはカバンを見て「中身はなんだろう?」と想像力を掻き立てられるのです。
カバンは自然の法則--そして理性に抗います。さらには、その大きさにかかわらず、私たちのありとあらゆる気まぐれに応えてくれるのです--まるで何でも入っている、メリー・ポピンズの有名なカバンのように。
「欲の袋に底なし」
日本のことわざ
持ち運べる、あなただけの
“サンクチュアリ”






