
『浴室から出た女性』(1843年)ロベール・フルーリー
二十四時間。ひとりの女性の運命——より正確には、ひとりの女性のお肌——を変えるのにそれ以上、あるいはそれ以下の時間は必要ありません。
ミリ単位の精度で日々繰り返される美の“しぐさや儀式”は、楽譜の上でさまざまな音符が並んだり重なり合ったりしながらも、決して衝突せずに互いに作用し合う様子に似ています。
それは「お肌のシンフォニー」という、まったく新しい音楽のジャンルを創出するのです。
毎朝見かける女性、通りで偶然目にした女性、パソコンやスマホの画面の向こう側にいる女性など……
私たちは女性を見るとき(その女性が面識のある人であれ、見知らぬ人であれ)、たくさんの好奇心とほんの少しの辛辣さとともに、心の中で次のように問いかけるのではないでしょうか。
「あの完璧な肌のキメは生まれつき?
それとも、日々のお手入れの賜物?」
「あの女神のように眩いツヤ髪は天然のもの?
それとも、さまざまな試行錯誤が実った結果?」
「まるで真綿のようにやわらかそうな、乾燥とは無縁の手をしているけれど、あの人のまわりだけずっと春なの?」
——事実、質問は絶えません。
ですが、「女性のエレガンス」と一括りにされることの多いこうした細やかな美は、幸運に恵まれた人だけの特権なのでしょうか?
それともバスルームの中で根気強く、時間をかけて自分を見つめ続けることで、誰もが手に入れられるものなのでしょうか?
そんな疑問に答えるべく、〈オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー〉が「女性の中の女性」ともいうべき、ひとりのパリジェンヌの一日に密着。
その人の名はスザンヌです。
(物語の世界により入り込めるように、ご自身の名前に置き換えていただいてもかまいません)
自分自身の人生の偉大なるヒロインであると同時に、自分のお肌を誰よりもよく知るスザンヌ。
慎ましさが美徳とされるこの時代に、彼女は秘められた美の世界の扉をそっと開き、美しさを保つためのルーティンとともに繰り広げられる二十四時間へと私たちを誘います。
「衣装が女性の白粉であるように、
幸福は女性の詩である」
オノレ・ド・バルザック